大人のADHDと診断を受けた方へ「つらいなら会社を辞めよう」

つらいなら会社を辞めよう

どうもこんにちは!

40代後半で大人のADHDと診断を受けました『とり』です。

前の職場では仕事が思うようにうまくいかず、何故自分はこんなに仕事ができないだと嘆く毎日でした。

同僚の勧めもあり、悩んだ挙句発達障害を扱う心療内科へ受診…ADHDと診断されました。

当時は

「自分の特性は分かった!それでも今まで頑張ってやってきたんだ。創意工夫で頑張ろう!」

と自身がADHDであることを職場に公表し、心機一転再スタートをしたわけですが…

もうすでに私は職場で孤立しており…

所謂『詰んだ』状態でした(笑)

以前勤めていた職場の事を思い出すと悲しくなりますが…

関連記事>>>私にとってオープン就労とは何だったのか?

辞めた後の解放感と心の安寧

そのあとに押し寄せる不安焦燥感など、様々な感情を抱えながら新しい職場を求めて今の場所にたどり着きました。

先ずは私の足跡を記憶を辿りながら記していきます…

1.精神的限界を感じる

執拗に繰り返されるダメ出しと叱責、批判、ADHDへの不理解と心無い言動。それに呼応するかの如く私は『反体制』的思想を増幅させることになっていきます。最初は

「また失敗してしまった…悔しい」

「まだまだ俺はダメだな…頑張ろう」

「迷惑をかけてすみません」

と自責の念に駆られていましたが…

ある一定の線というか…

自責の念の許容範囲を超えてしまったんでしょうか?

心境の変化が現れます。

「そこまで言わなくてもいいじゃないか」

「わざとじゃないのにそこまで怒らなくても」

「自分が出来ないのは分かるがそんなに馬鹿にしなくても」

この段階まで来ると他の職員から受けた言葉が『指導』なのか『助言』なのか『注意』なのか『叱責』なのか『嫌味』なのかの判断が出来なくなり…

私の脳は臨戦態勢を整えてしまいます。

高まった被害者感情(妄想)は怒りに変わり…

「お前だけは絶対に許さない」

「あなたが正しいと思っていることは絶対違う」

「定型発達者至上主義め!呪われろ!」

『あいつらの発言はすべてお前の人格否定だ!宣戦布告だ!やっちまえ!』

と訳の分からない反社会勢力みたいな危険思想が増幅されていきました…
ここまでくるとノイローゼですね(笑)
うつやその他の精神疾患で自傷行為など自身に向かう行動は、相手に危害を加えないという反面自分の身体が傷ついてしまいます。私は感情を内側に向けることも、外側に発散させることもできずに悶々と毎日を送っていました。結果として会社や同僚に向けて逆恨みともとれる反抗的な感情がこの頃芽生え始めました。

私の精神状態は疎外感からくる虚しさと、怒りからくる攻撃的なエネルギーが行き場を失い、限界点を超える寸前だったと思います。

家族にもう限界であることを伝え辞表を書きました…
私の退職願を受け取った上司は特に驚く様子もなく…
「わかりました」
と一言告げ、それからほどなくして退職願いは受理されました。
あまりにもあっけなく…
あまりにもシンプルに…
私のオープン就労1年半が終わりました。

2.退職し解放される

業務最終日をいつも通りに済ませ、予め約束があった人事部の担当者が私の事業所に訪れ、一通りの退職手続についての説明を受けた…

職場に返却するもの…

保険の任意継続etc

現場に戻ると私は

形式上の菓子折りを休憩室に置き

最後に皆に頭を下げた…

「お世話になりました…」

次の日から静かな朝を迎えた…

札幌の4月はまだ雪がところどころに残り、防寒着なしでは寒い…

息子は学校、妻は仕事…

一人で何をするでもなく家で怠惰な時を過ごす…
大体1週間ほど同じ生活を続けていると飽きてくる…

夜眠ると職場の情景が目に浮かび、嫌な事を思い出したりする…
一種のPTSD(心的外傷後ストレス障害)のような感覚に近いのだろうか…。しばらくは一人きりになると嫌な体験をフラッシュバックしていた。
でも、閉鎖されたコミュニティーで意地になって頑張っていた自分が少し滑稽に思えた。
別につらかったら辞めればいいだけの事…
身体に変調をきたしてまでしがみつく職場ではなかったな…
無意識に自分の防衛本能が働いたのかもしれない…
どちらにせよ
無事に撤退することが出来て良かった…

3.ハローワークへ…

退職してから1か月近くが経ち…そろそろヤバいなと思い始めたころ。前職はネットで見つけた転職エージェントという就職斡旋業者に転職を丸投げしたしたことが敗因だったなぁ…と脳裏によぎった。

条件を提示し、それに見合った職場を紹介してもらい、給与交渉や面接の同行までしてくれるアドバイザーが居る支援サイトは現在の転職の主流で、恩恵を受けた方はたくさんいると思う。

実際電話1本で楽だし先方に就職先を探してもらっている間は基本「待ち」の姿勢で何もしなくてよし(笑)どれくらい仲介手数料もらっているか分からないが、私たちユーザーが一切費用を負担しなくて良いシステムも後押しして、就職斡旋サイトが爆発的に普及した背景だと思う(タダより高い物はないが…)

しかし私は思った。自分でハローワークに赴き、納得いくまで探し出した就職先の方が最終的には満足度は高い事を…。

何故そう思ったのか?理由は後述するハロワでの出会いの話になるので後で触れるが…

結局就職に失敗すると他者の(業者の)せいにしてしまう、私の悪い性分も考え物だ…(笑)

重い腰を上げて最寄りのハローワークに行くことにしたが…

いつものことながら人で溢れかえっている…

知らなかった障害者窓口

求職申込書を書いてこれが受理されると『ハローワークカード』なるものが発行されます。

基本的に就職希望者の個人情報が印刷されており、次回からハロワを利用する際手続きが簡単に済む『会員カード』みたいなもんだということが分かった。

カードを総合案内のお姉さんに渡してしばらく待つと…

「とりさん」

名前を呼ばれて担当者のデスクへ行くシステムのようだ。

私の担当は地味な感じの30代の女性で事務的に

「何かご希望の職種等ございますか?」

淡々と話が進んでいくが…

なんとなくADHDの事を話しておいた方がよさそうだなと思い、退職するまでの経緯をざっくり話してみた…

そこで彼女の表情が変わった…

「なるほど…。私は詳しくは分かりませんが専門の方とお話してみてはいかがでしょうか?」

何やら神妙な表情で話しかけられ身構えてしまった私だが…

どうやら発達障害を含む障害者専門の窓口があるらしい。

後で調べて分かったことだがハロワには『専門相談部門』というのがあって専門のケースワーカーが常駐しているというのだ。各障害に合わせた専門的知識を有するその道のプロが相談に乗ってくれるというのだから、それはありがたいことである。

「あちらの奥の方になりますので…」

彼女に案内されるままにオフィスの最深部に向かう…

そしてパーテーションで区切られたデスクに案内される…

「ここでお待ちください」

専門の担当者は別のフロアにいるようで少し待たされた。

Kさんとの出会い

しばらく待っていると…

「いやぁ~待ったでしょ?ごめんね~ちょっと2階に用事があってね」

いきなりのフレンドリーな会話からのハツラツとした笑顔…

おおよそハロワの職員と思えない元気なおばさん(失礼ですね)が私の前に現れた。

小柄だが細身の体にタイトなスーツを身にまとい、ショートボブの似合う眼鏡の40代後半から50代前半くらいの…

芸能人でいうと平野レミ似の明るい方がどうやら私の担当のようだ。

「先ずはよく来てくれました。Kと申します!」

「今まで頑張ってきたんでしょ?ちゃんと休めた?」

彼女はまるで私が経験してきた苦労を分かっているかの如く、優しく気さくに語りかけてくる…

「色々話す事はあると思うけど…話せる範囲でいいからここに来るまでの経緯を話してもらえるかな?」

なかなか言い難いこともあったが…。

不思議と彼女の前では話すことが出来た…

パーティションで区切られていたこともあってか、すごくリラックスして話せたし…

私の話を頷きながら親身になって聞き入ってくれる彼女の姿勢に好感が持てた…

ADHDを理解しない対応に傷ついた話をすると…

「そんな態度をとられたの?ひどいね」

と傾聴してくださり。

過酷な環境でも頑張ってきたことを話すと

「よく我慢してやってきたんだね。十分頑張ったよ」

と私を肯定してくれました。

その時でした…

気が付くと私の眼から大量の涙が…

初対面の人の前でまさかの

『男泣き』

恥ずかしい話ですが…

行き場を失った悲しさや怒りなどの抑えていた感情が一気に噴き出したようです…

私の中で限界点を突破したのはこの瞬間だったようです…

こぼれる涙と鼻汁が止まらない私にティッシュを渡しながら、落ち着くのを待ってくれるKさん…

「よほど辛かったんだね…」

一通り話してスッキリしたところでKさんが

「今日は来てくれたこと、話してくれたことで十分伝わりました」

「今日は一旦家に帰っていただきますが、次回までにとりさんに宿題を出しますねw」

と笑顔で語りかけるKさん。

受け取った用紙をもらうと『問題解決シート』のような書式に今までの職歴と得意だった事、苦手だったこと、苦手な事で克服したこと、経験によって学んだことなどを枠内に記入し埋めていって欲しいと課題を設けられた。

今までの人生において自分がどのように生きてきたか?情報収集と今後の方策の材料にすると彼女は言っていた。

また来る約束をしてハローワークを後にした…

不安からの解放…就職先の選定

私は専門卒から今まで転職を4回繰り返してる…

問題解決シートの作成にかかるが…

それなりに業種ごとの経験や、苦手な事を克服したことをA4用紙2枚に収めるのはなかなか大変だ…

しかしそれらをすべて書き込み、Kさんが待つハローワークへと再び足を運んだ…

Kさんは私が提出した用紙をじっくりと見つめ、頷きながらボールペンで印をつけたり

「この時どんな工夫をしたの?」

と私の追加説明を聞きながら、かなりの時間を割いて隅々まで問題解決シートをメモ書きで埋めていった。

そして何やら合点がいったように大きく頭を下げ…

そして頭を持ち上げ、私を見つめこう言った…

「とりさんは普通に仕事ができる人ですよ。渡した宿題(課題)もきちんと仕上げてきてくれたし、今までだって立派に仕事してきたじゃないですか

「辞めたところは運悪くあなたに合わなかっだけ」

「問題解決能力も持ってるし、落ち着いて行動できるし常識もある!苦手な事はあるけれど決して仕事が出来ないなんてことはないよ!」

「私は何人もADHDの人を見てきたけど…まず椅子にじっと座ってられないし、5分もすればそわそわし出すから。そして会話も一方的に喋ったり、逆に話題が目まぐるしく変わったり対応も結構大変なのよ」

「とりさん!もっと自信をもって!」

彼女の女神のような一連の対応は私を安心させるつもりで、そして傷つけないようにやんわりとアドバイスして終わるのかと思っていた。

実際それでもよかった…

話を聞いてくれて…

でも、そうでもなさそうだった。

私はADHDの中でも軽度の方なのか?

実際障害を認知してからというもの普通とは?常識とは?と自問自答する機会が増え、少なからず自己を俯瞰視することが多くなったのも事実だ。自分と向き合うことで、むき出しのADHDに少し薄い布を纏えるようになったのか?

少なくとも専門職の方にもADHDらしからぬ振る舞いであると評価いただいた。

もちろん最初から障害者雇用枠の利用は考えておらず、一般職としての求人を想定していた私にとって彼女の言葉は大いに励みになった。

更に前職の経験を活かして、同じ職種で今後も続けていくことで再就職の方向性が決まった。

候補はほどなくして決まり、条件のいい2候補の面接を受けることになった。

幸い面接は2候補とも合格し、先方からは直ぐにでも働いて欲しいと要請があった。

しかし、即決はまだ早いし勤務形態が2候補とも微妙に違う。

福利厚生なども良く見比べてと思い…。

まだ有休消化中で在籍中であることを伝え、2候補を慎重に選ぶことにした。

4.再就職へ

立地、賃金、各種保険、福利厚生など条件が良く、業務形態も複雑でなく私にもっとも良いであろう候補一つを選定した。Kさんも「とりさんなら大丈夫」と太鼓判を押してくれた。

軽い気持ちでハローワーク行き、そしてKさんと出会う。
とんとん拍子で再就職先が決まり、なんだか怖いくらいに再出発が出来るところまできた。
採用側に受諾の電話を入れ、雇用契約にあたっての説明を受けるための日時を約束して当日に備えた。
Kさんに就職先が決まり契約までこぎつけたことを伝えようとハロワに電話したが、たまたま不在ということでリアルタイムに伝えることはできなかったが、彼女のおかげで私は自信を取り戻すことが出来た。

感謝してもしきれないくらいの施しを受けたような気がする。

まさに私にとって彼女は女神であった。

(平野レミ似のねw)

5.確かな手応えを感じる

「2018年5月1日をもって採用となります」

とりは再就職を果たした!
私はADHDだが『普通の人』として…否
『普通の人のフリ』をして再スタートを切ることにした。
以前はオープン就労を選択しADHD者として誇りをもって仕事に臨むという姿勢だったが…
それは私にはあまりにもハードルが高く、精神衛生上過酷な挑戦である事が分かったため、辞めることにしました。
幸い新しい職場の雰囲気は良く、新人の教育体制や業務の進め方に細かくマニュアルが設定されていて、覚えの悪い私にはとても優しい環境が整っていました。
職員の年齢層も各年代ごとに平均的に分布しており、私のような中年でも孤立しづらいところなのでは?と思った。私の直属の上司にあたるH主任も物腰が柔らかく、あえてキャッチコピーをつけるとしたら…
『cool beautyクールビューティー』
綺麗な方でいろいろとアドバイスを頂き、年上の私に対してやりづらいこともあるだろうが、そんなことは気にせず淡々と仕事を進めていくタイプに見えた。
私の業務は基本的に先輩についてもらい、しばらく2人行動で仕事を進めていく方針のようだ。
とにかく現場で放置されずに済んだだけでも良しとして、早く業務を覚えて独り立ちすることを当面の目標とした。

6.まとめ

精神的限界を経て退職し、苦しみから解放されたとりは新たなステージにて再スタートを切りました。

精神的に追い込まれていた私は意地になって自分の殻に閉じこもり、他者を恨み、自分の人生を呪い、なんとか自己の正当性を主張し、受け入れてもらえる居場所を必死に探していたようにも思えます。

大人のADHDは発達障害の中でも判断基準が曖昧です。

診断を受けた方でもかなり『グレーゾーン』の人がいるのではないかと思います。

それぞれに症状が違い、それぞれに対処法が違う面倒な障害です。

私は注意欠陥型ですが様々な対策を講じ、日常生活に支障ない状態まである程度改善することに成功しております。

しかし短期記憶であったり、スケジュール管理や、集中力の維持が難しいことで失敗することはよくあります。前職では苦手な事がより一層クローズアップされて執拗に責められることがつらくて心療内科に行くことになりました(そのお陰でADHDが発覚しましたが)

大人になってからは自己のアイデンティティーが出来上がっているので、ADHDを受け入れて生き方の方向性を変えるのは難しいと思います。

しかし、私は自分がADHDと診断されてから自分を変えることが出来たと思います。

そして自分には『できる事とできない事がある』と悟りました…。

今まではそれを認めることが出来ませんでした。

そのために辛酸を舐めました…

でも今は違います。

一度退職し閉鎖された職場環境から離れることで、また以前のような自分らしさを取り戻すことが出来そうです。

今はやる気に満ち溢れています!

今度こそやり遂げます!

最後までお読みいただきありがとうございました。

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