【謝罪します】私は普通の事がいとも簡単にできる定型発達者が嫌いでした。でも、それは間違いでした

どうも

とり@toriatama1adhd
でございます。
札幌の気温は21℃
暑くもなく寒くもなく…
北海道で今一番快適な期間ではないでしょうか?
私は春や秋などの中間的な季節が好きです。
まぁ…
気候的に過ごしやすいからですね(笑)
さて、本題に入りましょう!

ADHD診断を受けてから定型発達者を敵とみなした私

私は前職で「オープン就労」という形で就労していました。

しかも一般職員として「障害者雇用枠」を選択しませんでした。

職場の上司も私の特性に配慮した業務環境を整えると約束し、同時に部署内の同僚に周知しました。

しかし結果は悲惨なものになりました…

関連記事>>>私にとってオープン就労とは何だったのか?

私にとってオープン就労で過ごした1年2ヶ月はとても辛いものになりました…

「配慮する」と言いながら責任ある仕事から遠ざけ

「障害を理解した」と言いながらミスを執拗に責めたて

「一緒に頑張ろう」と言いながら大事な場面では「いや、大丈夫」と私の介入を拒絶するあの欺瞞に満ちた態度・振る舞いの数々…

私の心に刻まれた苦い経験となって今も苦しめられます…

結局発達障害なんて理解されない

ADHD当人の私でさえ自分の特性を理解するのに相当の時間を要しました…

私の上司も、自分がADHDであることを報告した時、心療内科でもらったADHDの冊子をパラパラとめくり「こんな障害もあるのね」と呟いた程度でした。

そんなんで「理解したつもり」になられてはたまったものではありません。

私は被害妄想に支配され、周りを敵としてみなし…

反社会的思考にまで発展しました…

職場が爆発したらスッキリするだろうな…

みんな呪われてしまえ…

そんな私を見ていたYさん…

私の変化に気付いたのは、よき理解者である同僚のYさん…

彼女の勧めで心療内科を受診した結果ADHDの診断が下りたわけですが…

坂道を転げ落ちるかの如く…

日々の業務すらまともに出来なくなってきている私を見かねてか

彼女に呼び出されます…

「帰りちょっと話がしたい…」

自暴自棄になっていた私は

「説教なら聞きたくありません!」

と尖った返事しかできませんでした…。

結局…

渋々彼女に付き合い、近くの居酒屋に行きました。

Yさんの言葉

その時居酒屋でYさんと口論になってしまい…

半ばキレ気味に

「これだから定型発達者は理解が足りないんだよ!」

と思いをぶつけたことがありました。

その時Yさんはこう言います。

「私、定型発達者って言葉嫌い…」

「それってとりさんに発達障害者って言ってるのと同じじゃない?」

「少なくとも私はあなたのことを発達障害なんて言わなかったよ」

周りはあなたのこと「発達障害」と言っていて

あなたは周りのこと「定型発達」と言っていて

「お互い差別してるよね?」

この時…

気付かされました。

私は差別されていると思いながら、同じように自分も相手を差別していたのでした

発達障害という殻に閉じこもり…

こちらから相手に歩み寄る姿勢が全くありませんでした…

本当の意味で障害の受容が出来ていなかった

最後に…

ADHDが故定型発達者のことが理解できない私は当時

反発することで自分を守っていたのでは?

一種の自己防衛だったのではと思っています。

しかし…

常識的に私のとった行動は事態を悪化させるばかりで、結果的に自分の首を絞めてしまいました。

この後、結局私は退職という選択を取ることになるわけですが…

辛い経験をしたと同時に十分過ぎるほどの学びと気づきを得ることが出来ました。

今でもYさんの言葉が心に残っています…

定型にも発達にも明確な境界などないのです。

ADHD者は「自分は不幸な存在」だとか「普通な事が出来ない不完全な者」という考えを捨て

自分はこの世界の一員なんだと自覚することをお勧めします

だって…

定型で普通でADHDからしたらすごく恵まれている人が

なんで自らの命を絶ったりするのですか?

なんで犯罪を犯して裁かれるのですか?

定型発達者・普通が全て幸せでしょうか?

答えはノーです。

幸せはあなた自身の中に必ずあります…

100%あります

断言します。

では、また!

最後までお読みいただきありがとうございました。

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