定型発達者に近づくということはどういうことなのか!?【普通】を身近に感じて思う事…

どうも!

とり@toriatama1adhd
でございます。
休日出勤を終え一息ついたところでの投稿です。
最近思うのですが…
自分…。

普通に仕事してるな…

危なっかしいところもあるが、今のところ上手くいってる…

前職時代に経験したあの地獄の「オープン就労」を経て私は考えを改めた。

ADHDと真剣に向き合うことで得た知識と経験は確実に効果を発揮している。

しかし効果を感じているのは私だけで周りは自分のことをどう評価しているか?

それは分からない…

そんなことはどうでもよくて

仕事において困難さが軽減された私は何者なのか?

定型発達者の仲間入りか?

いや、確実に私は定型発達者ではない。
というよりも…
どういう位置取りなのか?

とても気になりだした…

例えば…

【定型発達者】↔【ADHD】

の間に

【定型発達者】↔【なにか】↔【ADHD】
「何か」があって【グレー】とも違うポジションに違和感というか…
しっくりくるネーミングをしたい…

いや…

【ニュータイプADHD】

というか…

上手く表現できないが…

ADHDとしての感性を持ちながら、定型発達者に近い振る舞いができる人

と言えば通じるだろうか?

不思議な感覚である…

自己を客観視するとはこういうことなのかと。

なぜ定型発達者に近づいているのか?

結論からいうと、私は環境を変えることで劇的にADHD症状が改善した

そしてADHDであることを公表せず普通の人として振る舞っているからだ。

トラウマ級の苦しみを経験し…

「もう2度と失敗したくない」

という一心のもと集中力を絶やさず実績を積んだことが功を奏した。

「定型とは?」

「普通とは」

それらのキーワードを念頭に置き…

周りの職員の振る舞いや、仕事のやり方を最大限の集中力をもって観察した…

前に書いたが…

青年時代に触れた自己啓発書で無意識のうちに根付いた前向きな思考と 

関連記事>>>ADHD者が人間関係で悩んだらデールカーネギーの『道は開ける』が良いヒントになるかもしれない

自分はこうありたいという「虚仮の一念」が今の自分を創造したのでは?

関連記事>>>私の気持ちは揺るぎません!ひたすら虚仮(こけ)になれば必ず道は開けるはずです!

と私は思っています…。

複雑ながらも今の自分に大いに期待する

仕事の面では今のところ試行錯誤を繰り返しながらルーティンワークの精度を上げることに成功をしています。

人間関係においても謙虚さと気遣いを最大限に開放し「自分本位にならない」振る舞いを心がけています。

お陰様で毎日疲れますが…(笑)

失敗を繰り返し…

周りから白い目で見られていたあの頃に比べればストレスなんて感じません。

継続して習慣化する

これが出来ればかなり楽になります。

直ぐには効果は出ません。

いかに粘り強く淡々と熟していくことが出来るか?

そこがポイントです。

「普通」こそ人生最大の課題

一旦ADHDの改善とか自分らしさみたいなものを捨てて…

「普通に振る舞う」

ただ、それだけを実践してみてはどうでしょうか?

ADHD側の意見として…

定型発達者の生き方は

  • 退屈
  • つまらない
  • 刺激がない
  • 窮屈

と思ってませんか?

でも違うんですよ…

上記のちょっとしたストレスを乗り越えるだけで生活の基盤が安定するのです

安定こそADHD改善の近道です!!

普通にできればなんだってできる!

最後に…

最初は普通が難しいと思います…

だから普通のフリして

見よう見まねで普通人を演じましょう。

やがて「普通とは何か?」分かってくると思います。

普通が出来ればADHDは卒業です!

皆さんが思っているほど…

「普通」は悪くないですよ♪

最後までお読みいただきありがとうございました。

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