私の仮説「ADHDがこれほどまでに増えた背景」体罰・恐怖支配が無くなって置き去りなった落ちこぼれ

どうも!

とり@toriatama1adhdでございます
現在の札幌の気温は21℃

爽やかな秋晴れとなっています。

祭日と繋がった3連休とあって外出する家族連れも多いようです。
地震被害も収束し、町は以前の平穏を取り戻しています。
では、本題に入りましょう

で体育会系の人と話した際私は

「あれ?もしかして…」

と、あることに気が付きました。
そして…

そのひらめきというか気づきについて仮説を立ててみました。

その仮説(大げさかもしれませんが)について書いていこうと思います。

ADHDの素晴らしきかな多様性

Twitterを始めるようになって思ったことですが…

とにかくADHD者が多い(汗)

なるべく私と同じ症状(不注意優勢型)を抱える人と思い、片っ端からフォローしてるのですが…

私が想像している以上にグレーゾーンも含めたADHD者が多すぎて際限なくフォローできてしまうのです。

そしてなにより、その多様性に驚きました。

皆生まれながらにしてADHDという発達障害を抱えてこの世に生を受けたのに…

歩む道や人生の困難さはそれぞれに違い…

あるものは特性に縛られず自由奔放に生き

またある者は己の障害に打ちひしがれ悩み病んでいく…

同じADHDとして生まれたのに何故ここまで違うのか?

いつしか私はそんなことを考えるようになりました…。

障害の受け止め方は人それぞれ…

幸せな人もいれば

不幸だという人もいる

せっかく1度きりの人生…

私だって幸せに暮らしたい

ならば進もう!幸福追求の旅へ…

時代背景がADHD増加に拍車をかけた!?

ADHDがこれほどまでに社会認知され、それに呼応するかの如く患者数が激増しているのは何故か?

その原因は…

巨大メガ・ファーマの一大キャンペーンだったり

SNSの発達で悩みを抱える人たちが繋がり、拡散していったり

ADHDのメカニズムが解明され、WHOでも正式に発達障害と認めらる

など…

色々原因があるのは分かってきている。

しかし…

それだけだろうか?

もっと決定的にADHD増加の原因があるのでは?

私はそう思いました。

色濃く残る五人組・隣組(となりぐみ)制度

【五人組】

古くは日本の中世から行われていた行政の単位で最末端では数名から構成される。この統治システムに目を付けて普及させていったのが豊臣秀吉である。

五人組制度は村では惣百姓、町では地主・家持を近隣ごとに五戸前後を一組として編成し、各組に組頭などと呼ばれる代表者を定めて名主・庄屋の統率下に組織化したものである。これは連帯責任・相互監察・相互扶助の単位であり、領主はこの組織を利用して治安維持・村(町)の中の争議の解決・年貢の確保・法令の伝達周知の徹底をはかった

Wikipedia

日本人は古くから数家族単位でお互いを助け合い、時には監視し合い連帯責任を負っていた…

昭和に入り、特に戦時中は「隣組(となりぐみ)」部落会町内会等整備要領にある隣組強化法によって制度化までされいます。

出典:くずし字で楽しむ江戸時代の暮らしと文化 古文書ネット

そして驚くことに一部の地域(京都市街、埼玉県秩父地方など)では現在でも「隣組」が残っているそうです。

日本は古くから相互扶助の精神が根付き、地域の最小単位である数人・数家族で互いに深い関りを持つことを常としてきました。

現代の日本でも町内会・近所付き合いなど、近しい人たち同士で互いにコミュニケーションを交わしているのはその名残ではないかと私は思います。

おせっかいな秘密警察と親の体裁・世間体

  • 回覧板
  • おすそ分け
  • 御用聞き
  • 井戸端会議

これらも互いを監視する口実で隣組のシステムです。

また

「おたくの息子さん駅前のコンビニで不良の子と仲良くしてましたよ」

などと隣の奥さんが偶然見かけて報告したり

「〇〇さんの奥さん、若い男と喫茶店で話してるとこ見たのよ!」

のようにエセ秘密警察が跋扈しているのも日本らしい文化と言えばそうかもしれないですね。

このシステムの中ではADHDの特徴である不注意・多動・衝動などの

一定のコミュニティー内では目に付く行為が直ぐ露呈します

本来ADHDにとって天敵であるはずの監視者が早期にADHDを探知し、再教育・矯正を経て再び共同体への組み込みに寄与していたのではないかと私は思っています。

簡単に言えば…

「あいつは不注意で怠慢な人間だ!根性を入れなおしてやる」

というようにコミュニティー内で矯正プログラムみたいなものが発動するわけです。

暴力を伴った制裁をしてみたり、寄ってたかって罵声を浴びせたり…

中にはリンチ(ヤキを入れる)的なことも珍しくなかったようです。

ただ当時のやり方は乱暴でありながらも人情もあり一概に悪しき風習だとも言い切れないのが私の思うところです。

体罰と恐怖支配

前記事>>>体育会系の人ともう一度向き合ってみる…精神論や体罰を全否定するのは勿体ない話

でも触れましたが…

ADHD者の中には「痛みを伴った指導」

所謂「身体で覚える」体質の方がかなりの数でいると私は推測します。

かつて私も…

  • げんこつで殴られ
  • 竹刀でシバかれ
  • 先輩にボコボコにされ

暴力と恐怖によって支配され教育されてきました。

それが良かったと言っているのではなく

ADHDには時として痛みや苦痛を伴った指導が有効な場合がある

ということが言いたいのです。

暴力推奨ではなく、もともと脳の覚醒不足からくる障害ですから

気付け薬程度の効果を私は期待しているのです

ここまでのまとめ

五人組・隣組から始まった地方の統制システムが、日本の家族・個人単位に深く浸透していることは明らかです。

ADHD者にとってそれは障害の特性を矯正する場として機能し、時には監視され、時には痛みを伴った指導を強いられます。

それはいい事なのか悪いことなのか?私にはわかりませんが…

時としてそれが本人にとって最良の事だったとなるかもしれません。

しかしそれらの古き良き慣習は最近姿を消しつつあります。

教師の威厳は無くなり

近所の頑固おやじも居ません

体罰は過去のものとなり

子供たちを律する手段に暴力(痛み)は無くなりました…

ADHD者は大人の話を黙って聞くことも、最後まで聞いて理解することも難しいです。

努力が必要です。

私は思います…

今の子は置き去りにされオブラートに包まれ、社会からやんわり隔絶されていくのではないでしょうか?

その結果がADHD増加に繋がっているのでは?

私の導き出した結果はこれです…

その根拠となる記事を次回に書きたいと思います。

次回は日本・アメリカ以外の国で行われているADHDへの取り組みに迫っていこうと思います

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