オープン就労にして嫌だったこと・後悔したこと

発達障害を会社に公表し就業することを『オープン就労』といいます。

私ことADHDのとりは転職を機に、普段の私の奇異な行動をとある同僚に不思議に思われ

発達障害の可能性を指摘されました。
渋々診療内科を受診して検査をした結果大人のADHDであることが判明しました。

同僚の勧めで受診したのでその流れで上司に報告、今後発達障害を隠してい行くことは業務上難しいと判断され緊急の会議が行われました。

会議では関係者が集められ、私が発達障害の一種であるADHD(注意欠如・多動症)であることが伝えられました。
簡単なADHD冊子をテキストに私の特性や不得意な事が述べられ、今後は私の特性に配慮した職場環境を整えていきましょうという形で話は進みました。
結論としては…

皆で発達障害を理解し、とりさんにとって働きやすい環境を整えましょう

ということで会議は終了しました。
私は皆の理解と協力を得られると思い安堵しました。
その時「これからは少し精神的にも楽になるかな?」と淡い期待をしていました。
しかし…
そんなに現実は甘くありませんでした(笑)

オープンにてして分かったこと…

予想外の事態も含めて…

先ずはオープン就労にして嫌だったことをランキング形式で上げていくことで困難に立ち向かうことを決意しました。

1.精神疾患扱い

発達障害・ADHDは精神疾患ではありません。精神疾患は薬物療法やカウンセリングなどの療法で治る可能性が非常に高く希望があります。

しかし発達障害のほとんどは先天的なもので治療というよりもその特性をどうカバーした生活ができるか?という風に根本治療を目指すものではありません。職場で私に対応する同僚は

「優しく接すればいいのかな?」

「傷つけないように」

「頑張ってと言わないように」

等の

うつ病の人やその他の疾患に対する間違った接し方をしてくる人がいますが…

それは違います

うつ病も大変な病気で何十年も苦しめられている人を知っていますし、実際家族にもうつの者がおります。ただ、ADHDを間違った浅い知識で…

『分かったつもり』で対応してほしくないのです。

私に何が出来て何が出来ないのか

私自身が発信していかなければなりませんが、決めつけで私の能力を過小評価するのは傷つきます。

2.可愛そうな人と憐みを受ける

確かに私は普通の人と違って、不注意でミスを犯し、不用意な発言で他者を不快にさせたり、思慮深い行動に欠きトラブルの発信源になってしまいます。

周りの同僚は私を見て呆れを通り越してむしろ憐みの眼差しで私を見ているのでしょう。些細なミスでは

「あ、もういいよ私がやっておくから」

と私の介在を拒否してしまいます。

誰からも期待されず、誰からも必要とされないのは人として、ADHD者として辛いものがあります。

私のできる仕事の範囲はどんどん狭くなりやがて完全に孤立するのでしょうか?

お願いします。できるところを見てください。私にも活きる道『活路』があるはずです。

上手い言葉が見つかりませんが…

『私を上手に使ってください…。』

3.子ども扱いと低知能という烙印

「どうせ忘れるもんね」

実際に言われて傷ついた言葉ですが…

定型発達者の中には

記憶力が悪い=頭が悪い

状況判断が遅い=のろま

周りをみて自発的動けない=気が利かない

出した指示通りに動けない=ポンコツ

と烙印を押す方が意外に多いです。

前記事↓↓

ADHDは子ども扱いされる

で書きましたが私がADHD診断時に受けた成人知能検査では暗算の項目以外は平均値以上でした。

『ごめんね。もうちょっと理解しやすい言葉にすればよかった?』

『大丈夫?今の指示難しかった?』

『無理しなくていいよ。後でやっておくから休んでて』

私の何を見て、私の行動のどこを推定して上記のような言葉が出るのでしょうか?

発達障害者という未知の人種を前に、定型発達者の皆さんはどう接していいか戸惑っているかもしれませんが…

戸惑っているのは私も同じです…

先ずは以下のお願いがあります。

聞いてください

  • 与えた仕事は最後までやらせて下さい
  • 私が何に対して困っているのかそちらで勝手に判断しないで下さい
  • 私の能力を決めつけないで下さい
  • 結果が同じなら途中の工程が違っても最後まで見届けて下さい
  • 取扱いが難しい人間ですが長い目で見て下さい
  • いつか役に立つ日が必ず来るはずです諦めないで下さい

「お前のためそこまで寛大に対応できるか?甘えるな!」

と言われそうですが…

職種や環境によって私達ADHD者のパフォーマンスが著しく落ち、本来の力が出せないのは事実です。うまくハマると凄まじいまでの力が発揮できるのに…一番歯がゆい思いをしているのは当の本人ですね。

4.ADHDの認知度とその理解

2016年イーライリリー社が同年4月から施行された「障害者差別解消法」に関する調査として一般人400名を対象にアンケートを取った結果では54.8%がADHDを知っていると回答しています。情報源の62.8%がインターネットであるということが分かりますがADHDという単語だけはメディアでの露出も増えており認知度が上がっていると言えるでしょう。

↓↓下のリンク(公式サイトの2015年11月16日の記事参照)

こちらでプレリリースされています
また、大人のADHDに対しての適切な対処法を知らない人が9割、困っていそうだなと思うことでは

外見では障害の有無が分かりにくい(77.2%)
ということが挙げられていました。そのほかには…
周囲の方にADHDについての知識がないこと(68.5%)
「できないのは努力不足」だと思われる(68.0%)
「本人の性格に問題がある」と思われる(62.6%)
サポートが必要な障害であることの認知が低い(58.0%)
何に困っているのか周囲に理解されない(53.4%)
頑張っているにもかかわらず、やる気がないようにみられる(48.4%)
周囲に本人自身がつらい思いをしていることを分かってもらえない(47.9%)
わざと迷惑をかけているように思われる(43.8%)
失敗を繰り返し、落ち込むことが多い(41.6%)
自分に自信が持てない(30.6%)
困っていると思うものはない(0.9%)
わからない(4.6%)
となっており特に私が赤字で強調した「努力不足」「性格と思われる」「やる気がない」「わざと迷惑をかけている」などのADHDに対しての不理解ともとれる他者の発言に私は憤りを感じます。
ADHDという単語だけが独り歩きして当事者が本当に困っていることがぼやけてしまっているように感じます。
正しい知識と、問題と真摯に向き合う準備が大多数の定型発達者に整っていないと私は考えます。
※イーライリリー社はADHD治療薬の一つ『ストラテラ』の開発販売元であり利益向上のためにも積極的に広報活動していると言える 

5.偏見の眼差し

「ああADHDでしょ?あの忘れっぽくて、不注意で、思ったことポンポン言っちゃう落ち着きのない人。あれって昔は無かったよね?あんなの性格!単なる甘えだから。本人の努力次第で何とかなるよ!」
こんなこと言う人は多いです。直接言われたことはないですがそう思ってる人は実際います。たしかにADHDは最近出始めた障害名ですが昔から無かった訳ではありません。正確にいうと以下Wikipedia引用にある通り

多動で落ち着きのない子どもは古くから知られており、ADHDの疾患概念は最近になって現れたものではない。後に小児神経医学などの分野で注意が払われるようになる。

1775年、ドイツの医師、メルヒオール・ヴァイカルドは医学教科書にADHD的な行動を記載し、現在のADHDの「不注意」側面との一致から、おそらく医学文献上のADHD初出とされる。

医学上は古くからADHDの症状をかかえる人が存在していたのは事実です。ただ障害のメカニズムにはいまだに謎な部分もあり、学者によっては未だにADHDの存在自体を否定する人もいます。

ただ脳内の神経伝達に問題があることだけは間違いないようです

昔からADHD者はいましたが「ちょっと変わった人」「天然キャラ」などで済まされてきました…

しかし時代はそれを許してくれなくなりました…

前項で書いたように医薬メーカーの大々的なキャンペーンもありADHDの認知度だけは上がりました。そして…

「変わり者」→「ADHD発達障害者」と呼び方が変わりました。

人はなぜ「障害」と名がつくと極端に態度を変えるのでしょうか?

オープン就労にした途端あからさまに態度を変えてきた同僚がいます。

急によそよそしくなり、避けるようになり、極力コミュニケーションをとらなくなった人がいましたが…

それも「障害」に対する偏見の一つかもしれません。

寂しいですがそういう人もいます。

6.障害に逃げているという批判

「発達障害です!」とカミングアウトしたにも関わらず

今までできたことが出来ないのは障害に逃げているからだと批判する人がいます。

ADHDには得意と不得意がありに苦手な事にはムラがあり安定しません。また、焦っているときなどは注意力が散漫になりミスを連発するのも特徴です。私がしてしまうミスの中の多くは、多忙な時やマルチタスクを抱えてパニックに陥ってる時に発生します。

同じ仕事でも環境や精神状況に極端に左右されやすいのが特徴です。

他人から見れば昨日は出来て今日は出来ないのは…

気持ちがたるんでいるからだ!

自宅で十分な休息をとらず怠惰な生活をしてるからだ!

などと私の精神面の弱さや健康管理みたいなものを批判したり。

そもそも障害に身を置くことで

自分を肯定しその状況に甘んじているだけ

と考えている人もいます。

実際「障害に逃げているよね?発達障害の公表を機に努力してないよね?」

などと言われたこともありますが…

私はそもそも毎日仕事をするのが精いっぱいで努力を考える余裕すらありませんでした。

毎日毎日他人に迷惑をかけないように努力して生きているのに…

「障害に逃げている」

という批判は予想外のショックでした。

これではオープン就労にした意味がありません

 私は後悔しています。
少なくとも障害の診断を受けてもオープンにせずクローズのままでいれば…
「変わり者」というレッテルで済んだかもしれません。
しかし本当にクローズのままで良かったのでしょうか?
確かに仕事は一般職よりは遥かに
責任が少なく単純化された業務
に就かせてもらい精神的ストレスも以前より減っています…
私が望んだ環境はこれだったのでしょうか?

 いいえ。違います…

ここからが私のスタートだと思っています。

ここから自分の特性を考えた新しい仕事術を見つけ、私なりに良い方向に向かっていかなければなりません。
それが私の進退も含めた試金石になります。
私は運命に試されているのです。
 

7.終わりに

 まだオープン就労して6ヶ月…。
この決断が正しかったのか?間違いだったのか?はまだ分かりません。
ただ、一つ言えることはクローズにしたままではいつか私の精神は破綻していたかもしれません。
人並みの仕事量を要求され
人並みのコミュニケーション術を要求され
人並みの常識と
人並みの振る舞い

全てが私にとってオーバーワークだったのは言うまでもありません…
そして、オープン就労にすることでかなりの精神的負担が軽減されたのは事実です。

自分を理解し、自分を他者に理解してもらう…
そんな単純な事ですが私にとってはライフワークともいえるほど重大なテーマとなりました。
今後もオープン就労を続け、同じ悩みを持つADHD者の支えになればと思っています。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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